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手から手へ…
2011/01/06(Thu)
2年前にモスクワの赤の広場近くの露店商で画家さんから購入したクレムリンの絵画
これを、北海道の友人さっちゃんに託して、先日ステキな額縁に入れられて里帰りしてきました。


昨年の暮れ…ちょうど休日で遅めの朝食時のことです。
玄関の呼び鈴が鳴りました。
「宅急便で~す」 と男性の低い声。

いつもと様子が違いちょっと恐かったので旦那ちゃんに出てもらうと…。
「おぉぉぉぉ~、監督

そこにいた配達人は友人の映画監督・浅井くんでした。
またもや彼のサプライズにはやられました
さっちゃんも浅井くんも一緒にロシア横断の旅をした仲間ですが、
こうして忘れた頃に(忘れたことはないけれど)いつもひょこっと現れるのです。

彼が抱えていたのは二つの大きなプレゼント
その一つが里帰りしたこのクレムリンの絵とこの額縁です。
101230クレムリン

額縁は、以前北海道で出会ったクラフト作家の三浦さん(みんなの森工房)の作品です!
私たちのオーダーを快く受けて下さり、さっちゃんがちょうど飯山に遊びに来てくれたときに
絵を託して作っていただいた世界に1つだけのオリジナルフレームです。

そして、もう一つがまたもや三浦さんの作品ベビーモモンガチェアです
裏に息子の誕生日と名前が彫刻されていてこれまた世界に1つだけの椅子です。
101230ベビーチェアー
お手数とお時間をおかけしたのに三浦さん、さっちゃんからのお祝いでいただいてしまいました。
それを直接手渡しで届けてくれた浅井くん。
旅の思い出が人のつながりによってこうして形になってまた手から手へ届けられて…。
お三人のあったかい気持ちと優しい木の温もりに感動して涙、涙です

みんなの愛に感謝して、モノを大切にできる子に育ってほしいと思います。
心から感謝です。本当にありがとうございました



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Большое спасибо(ボリショイ スパシーバ)
2009/06/29(Mon)
大切に温めつづけていたら1年が経ってしまいました・・・ が、
ようやく昨年のロシア・シベリア鉄道の旅のドキュメンタリー(90分)が形になり
先日、そのできたての映像を祖父母に初披露してきました
            
             090625虹の旅

「この愛くるしい笑顔を見たら・・・戦争なんかできないずら・・・しちゃいかん・・・

登場するロシアの子ども達を見てしみじみとつぶやいた祖父母の言葉・・・
本当にその言葉に尽きると思いました
約60年振りのシベリアの大地を孫の私が覗いたファインダーを通して見た祖父母・・・

「こうやって話せばみんなが友達になれたのに・・・」と
悔やんでも悔やみきれない想いが込み上げてきたようで終始涙を浮かべていました

撮影、編集をさせてもらって改めてこの旅に参加させてもらった意味を噛みしめています
まとめた映像が全てではないけれど観て下さる方の心に少しでも響くものがあれば嬉しいです

この機会を与えて下さった旅の仲間、お世話になった皆さん、
そして、旅で出逢えた皆さんに心から感謝しています

Большое спасибо(ボリショイ スパシーバ) 
心からありがとうございました




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仲間の想い届け隊!
2009/06/05(Fri)
まもなく帰国します ロシアから日本へ・・・
090605edit
昨年の今日、私は大切な11人の仲間達と共にロシア・ウラジオストクにいました
15日間のロシア横断の旅から丸1年・・・

大したことはできないけれどお手伝いできることはできる限りやってみようと
この旅では『みんなの想い届け隊』(←今、勝手に命名)を担当させてもらいました
そして今、少しずつではあるけれどパソコン上で2度目の旅から帰国の途につくところです


「何のことやら?」「どんな旅なの?」


興味を持って下さる方によく聞かれることです
その答えを私も未だに探しているけれどはっきり言ってわかりましぇん

「わかりましぇんってあんたねぇ~」とお叱りの声が聞こえてきそうだけど
わからないのは決して無責任な気持ちからではなくて
まだ旅が終わっていないからなのかもしれません
きっと、この先も終わりなき旅になりそうですが・・・

だからどんな形でまとめるかということに意識を集中させるよりも
今、目の前にある事実を受け入れる気持ちを大切にしながら編集を進めています
『受け入れること』・・・これは旅の中で仲間の梅ちゃんが教えてくれたことです

もう少しもう少し・・・焦らず気張らず地道に一瞬一瞬を受け入れながら
大切な仲間一人一人の想いを届けたいと思います


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ロシア・シベリア旅行記 ~ 第七章  イルクーツク・バイカル湖への想い ~
2009/02/22(Sun)

「わぁ〜!あれじゃない?」

「見えた?」

「ほら、あれそうだよね?」

海・・・いやそれは湖!
世界で一番深いと言われるコバルトブルー色のバイカル湖。
もう少しで途中下車をするイルクーツクという都市に到着する目前に
みんなで窓際にベッタリ顔を擦り付けながら興奮が冷めない。


戦争中抑留された人達がバイカル湖を見て海だと思い、これで日本に帰れると安堵したらしい。
そんな辛い過去も私たちはまだ知ることもなく、ただ目の前に広がるどこまでも美しい湖に感動していた。

「さあ、彰夫さん着いたよっ!」

マリオが呟いた…。
彰夫さんはマリオの親友。かつてロシアのハバロフスクの共同通信の記者をしていたこともあり、
今回のロシア行きをとても羨ましがっていたという。福島の田舎で農業を営んでいたけれど、
ひどいギックリ腰で入院した際に癌が見つかり僅か3ヶ月で亡くなりました。

結婚して二年…。

残された奥さんの麻里さんの悲しみはいかばかりだったか…。
あまりに酷な別れです。

旅立ちの一週間前、マリオの元に麻里さんから小包が届きました。
開けて見ると小さな袋と一通の手紙…。

「彰夫さんの遺骨を大好きなロシア、バイカル湖に蒔いてきて下さい。
彰夫さんもそれを望んでいると思います。よろしくお願いします…」


私たち仲間もバイカル湖での彰夫さんとの別れを同意していた。     

列車がイルクーツクに着いた。
白とモスグリーンの可愛いらしい色合いの駅舎が印象的。

ここで、同乗していた日本人観光客の菅さんとも笑顔でお別れをした。

今日はホテルで一泊、明日はいよいよバイカル湖、彰夫さんとの別れ…。
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ル~ルルルルルル♪
2008/11/04(Tue)
只今、雪がモクモクと降ってます周りは銀世界

20081105082303


実は…


今朝、北の国北海道に来ちゃいました
シベリアの約9000kmを一緒に横断した仲間達に会うために…
こちらは既に雪が舞っていて積雪は15cmくらい
氷点下の世界だよ~ひゃゃ~しばれるぅ~

でも、空港で大好きな懐かしの仲間に温かく迎えてもらってから
ず~っと楽しい話は尽きなくて
もう一つの家に帰ってきた感じで気持ちはポッカポカです

早速食べた魚の出汁がきいた旭川ラーメンもなまらうまかった

20081105082804.jpg

パッチワークのように見える美瑛の丘や富良野の街並みは美しくて
長野とはまた違う雪国に感動の連続…
今日は北海道内で最も標高が高い(…と言われている)露天風呂にも連れて行ってもらいました
今シーズン初めての雪見風呂が極寒の北の国とは贅沢な話です


ということで、只今初北海道満喫中です

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ロシア・シベリア旅行記 ~ 第六章 かけがえのない景色と友 ~
2008/08/28(Thu)
080528シベリア景色1 080528シベリア景色2

ずっとずっと似たような景色がつづくシベリアの大地・・・
でも、私はちっとも飽きなかった
似ているけれど同じじゃない!その時々の表情が全く違う
それよりも異文化を感じるというのか、時代の違いを感じるとでもいうのか
現実なんだけど何だかタイムスリップしているような不思議な感覚だった
ワクワクともドキドキとも違う新しい胸騒ぎを覚えていた

だからこそ窓越しでカメラを据えても私はほとんどレンズを覗かずに撮影していた
何故って、生で見ないと・・・この目で見ないともったいない気がしたからだ
そのくらいに一瞬一瞬がかけがえのないものに感じた


ところで、今回の旅では私達夫婦以外はほとんどが人生の大大大先輩達ばっかり
でも、みんな気持ちは無邪気でピュアで子ども心をちっとも忘れていないというか
むしろ私達よりも良い意味で子どもっぽくて、夢を持って生きている人たちばかり

そんな中、唯一私達と同年代だった日本人はキャントク(監督)ことアサイくんである
アサイ監督はその名の通り今や多方面で活躍中の映画監督
数年前に富山県を中心にヒット作となった映画「逢いたい」では
なんと主演・監督を見事に務めた才能の持ち主なのだ
他にもドラマやCMなどで俳優さんをしていたらしいよ~
素顔のアサイくんはあの映画で見せる彼からは想像できないくらいに
お茶目でひょうきんで、それでいて芯がしっかりしているニコニコな青年
さりげないいたずらも大好きでメンバーからはいつも「アッサイィ~」となじられていた

ねっ、カメラ向けるといつもこんな風に変顔したり・・・  
080529Asaiと   

トイレットペーパーにメンバーの名前を入れてフィルム風にしたのもアサイくんの仕業
080529フィルムペーパー   080529ホームで
無口だけど秘めたる思いはとても熱くみんなを喜ばせることを至福としているヤンチャ男
私にとってはなんだか以心伝心で通じ合う兄弟が増えた感じなのだ


「わぁぁー 見えてきたよ~」
さっちゃんが部屋にいるみんなに声をかけた

080529バイカル湖 080529バイカル湖2

目の前はコバルト色の海・・・いや、ここは内陸だからそんなはずはない
そう、それは待ちに待ったバイカル湖だった
地図で見ると大きな三日月形に見えるバイカル湖
世界最深で世界自然遺産でもあるバイカル湖
キラキラ光る湖面に見惚れるみんなの笑顔も輝いていた

さぁ、もうすぐ次の目的地イルクーツクという都市に到着する
ここでもまた新たな出会いと衝撃的な感動が待っていた


つづく・・・

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ロシア・シベリア旅行記 ~ 第五章 ラドゥガ・ミラ♪ ~
2008/08/17(Sun)
列車に乗って3日目のことだった
「りえちゃん・・・ちょっとい~い?」と擦れ声でMARIOが部屋に入ってきた
MARIOはウラジオストックからだいぶ咳がひどくなりちょっと苦しそうだった
私もすかさず、もしものためにと持参した風邪薬を渡した・・・が、
みんなの心配をよそに音楽のこととなると別の熱が出るのがMARIOなのである
虚ろ虚ろしながらも大丈夫と言わんばかりに
ちょっと聴いてほしいといつものようにギターを構えある曲を弾き始めたのだ

聴いたことのない初めての曲  でもとても明るく心地良い

この曲は何を隠そうMARIOがこのシベリア鉄道で作曲した曲
不思議と列車の車輪が回る速度や弾むような揺れ具合がリアルに感じられるのだ
私は膝を太鼓に列車の揺れと共にリズムに乗った
すると・・・

「りえちゃん、これに歌詞をつけてくれないかな・・・?」

MARIOは弾き終えるとそれだけ言い残して部屋から出て行った

「えっ、私が?

はてさてどうするべ・・・作詞なんてやったことないし
これは私にとって意外な展開だった

080528りえこ作詞中

それからというもの部屋に閉じこもってノートと向き合ったが
当然の如くそんなにすぐにできるはずもなく
みんながいる部屋から離れて列車のデッキでひとりボーっと佇んだ

080528デッキからの眺め

空は次第に雲に覆われいたずらのように窓に雨粒が当たってきた

「雨降ってきましたね・・・」

後ろを振り向くとイリーナが微笑んでいた
しばらく2人で窓の外を眺めながら
私は自然とイリーナのお腹に手を当てていた
赤ちゃんからパワーをもらい私からもありがとうの気を送った

「ここにいたんだ・・・」と、ケンちゃんもやってきた
「そうだ、私はひとりじゃない・・・みんながいるじゃないか・・・」

ひとりで頑張ろうとすると空回りすることは自分が一番良く知っている
他力本願になるのではなくちょっとお知恵拝借のつもりで
人間ウォッチングを試み・・・
好きなことばを聞き出し・・・
みんなの口癖や自分が感じることそのまんまをとにかく書き記してみた

080528みんなの言葉達

するとどうだろう・・・
それらをヒントにスルスルと詞が浮かび上がってきた
イリーナにも教えてもらいながら歌詞にロシア語も織り交ぜた
瞬く間に3番までそれとなく形になってきたのだ

そんなときだった
いきなり隣りの部屋が騒々しくなり
誰よりも早くMARIOが興奮気味に叫んだ

「虹、虹、虹が出たよ~

窓にピタッと貼りつくんじゃないかと思うほどにみんな外の景色に釘付けになった

「りえちゃん、カメラ、カメラ、カメラで撮って~

作詞をしたり撮影したりまったく忙しいもんだ
でもMARIOに言われると素直になってしまうから不思議だ
急いでノートを置いてカメラを抱えて
ここが一番見えるよと引っ張られるように窓際に行った
MARIOの興奮は撮影した映像にもしっかり残っている

「わぁ・・・」感嘆のため息が出た

さっきまでどんよりとしていたあの空にやさしい光が差し
くっきりと大きな七色の橋がきれいなアーチを作って架かっていた

080528虹

虹のエネルギーは素晴らしい
みんなを笑顔にし、楽しく明るい気分にさせてくれる
ゆるやかに蛇行する目の前の川の流れが
みんなと共有する時の流れに似ていた

もうすぐ・・・もうすぐ・・・
夢にまで見た世界自然遺産バイカル湖に到着する


それから数日後、新曲『ラドゥガ・ミラ(平和の虹)』が完成した

080528ラドゥガ・ミラー

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ロシア・シベリア旅行記 ~ 第四章 車窓はミュージアム ~
2008/08/16(Sat)
「誘ってもらったときね何が何でも行かなくては…という衝動にかられたの」

そう話す苫小牧のやよちゃんは一昨年ご主人を亡くした
アルツハイマーという病で…
実に8年間もの長い闘病生活、介護生活の末自宅で最期を看取ったという
しばらくは取り残された寂しさから脱け殻のような状態だったらしい
やよちゃんはその時の生活を著書「明日も必ず夜が明ける(一耕社)」に記している
そのやよちゃんがMARIOの誘いで今回新たな第一歩を踏み出した
MARIOはやよちゃんにとってHEROなのだ
私たちもMARIOの誘いがなかったら今こうして旅行記を書くこともなかった
MARIO&はるちゃんは同じ飯山に住む素晴らしい友人夫婦である
本当に本当にありがとう

「りえちゃん、私はね夜明け前のひとときが一番好きなの・・・」

やよちゃんは同じ部屋でベッドも私の下だったので
朝方目を覚ますとおはようと言って小声でよく話をした
得意なことは何かと聞いたとき「早寝早起き」と即答したやよちゃん
得意というよりも身体が欲するがままに眠くなったら寝てしまうのだとか・・・
そして、日が昇る前の静かな時に目覚めるという
夜明け前のこの時間が最も心安らぐ憩いの時だと語ってくれた

「あぁ~、本当にきれいね・・・

地平線に広がる緑の絨毯に眩しいほどのオレンジ色の光が少しずつ差し込んできた
列車の窓は次から次へとミュージアムのように様々な絵を見せてくれた

「わぁ~、朝日に襲われるぅ~」

やよちゃんの言葉は本当にユニーク
ポンポンポンポンっと予想だにしない言葉が出てくるのだ
窓越しに紅に染まるやよちゃんの眩しそうな顔が愛しく思えた
襲われるなんて言うもんだからその声に隣りの梅ちゃんも目を覚ました

「おはよう」

優しい笑顔でささやく梅ちゃん・・・
梅ちゃんの顔を見て「あぁ、今日もいい日だなぁ」と心の中でつぶやいた
「今日もいい日」という言葉は私が好きな言葉のひとつ
以前はるちゃんからもらったことばのプレゼントでもある

080528梅ちゃん&やよちゃんと

笑顔の一方でウラジオストックから梅ちゃんの坐骨神経痛が治る気配はなかった
寝起きするときに時折見せるしかめっ面がその痛さを物語る
その痛みをどうにかしてあげたいと杖作りに励んでいるのが
ヒゲさん&ケンちゃん、そしてさっちゃんだ・・・
さっちゃんは札幌で障がい者外出支援をする福祉の仕事に携わっていることもあり
いつもメンバーの健康状態を気にかけてくれた
特にさっちゃんのマッサージは最高に気持ちが良い
マジックもやる梅ちゃんはさっちゃんの手を魔法の手と呼んでいた
しかも、身体だけでなくフェイシャルマッサージ付きのスペシャルバージョン
私も見よう見まねでやよちゃんにマッサージをしてあげた
さっちゃんには敵わないけれど「気持ち良い・・・」と言われると嬉しいもの
起きたばかりなのに「スースー」と寝息をたてて2人はまた眠ってしまった
よっぽど気持ちが良かったんだろうね

ところで、前回の旅行記でもったいぶるかのように予告したモップの使い方だが
杖になる前に実はここで役立ったのだ↓

080528シベリア鉄道窓拭き

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ロシア・シベリア旅行記 ~ 第三章 平和を乗せて ~
2008/08/15(Fri)
080526シベリア鉄道ウラジオストック

シベリア鉄道はウラジオストックからモスクワまで1週間の横断の旅
まずは途中下車する都市イルクーツクを目指す
ガッタンゴットンガッタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン・・・・
ナターシャ、ターニャらに見送られて夢の列車がゆっくりゆっくり動き出した

この鉄道の旅から同行してくれる通訳のイリーナはなんと妊娠6ヶ月の妊婦さん
しかも旅の間は旦那さんとしばし離れた生活となるのだ
とても寂しいだろうに「お腹の赤ちゃんがいるから大丈夫ですよ」とニコッと爽やかに振舞う
私より年下だけど女性としてとても尊敬できる先輩、そして親友ができた
イリーナは通訳だから当然の如く日本語が話せるが
私たち日本人も恥ずかしくなるくらいボキャブラリーが豊富で丁寧な日本語を話す
でもイリーナは日本に留学したことは一度もないというから驚きだ
高校、大学で教えてもらった先生がとても素晴らしい方で
その先生のお陰でここまで話せるようになったと話してくれた
私もそうだが先生との巡り合わせは本当に人生を左右するものだと思う
私にも尊敬する先生が何人かいてその先生方のお陰で今があると思えるからだ

「皆さ~ん、とりあえず部屋に入って荷物を整理しましょうね」
「はぁ~い」

鉄道の旅では一番年下のイリーナが先生役で他のメンバーがまるで生徒のように
イリーナにみんなが従い頼りっぱなしだった
どんなことに対しても嫌な顔ひとつせず笑顔で対応してくれるイリーナが誇らしかった
ストレスだって溜まっただろうに・・・イリーナ本当にありがとう

客室は4人一部屋の寝台列車で3部屋に分かれた
重~いトランクを数人がかりで持ち上げ2階の収納にせーので押し込み
これから数日間寝床となる自分の城をそれぞれに作り上げていく
やっぱり個性派揃い!ひとつひとつのベッドや部屋によって雰囲気が全く違う

しかも、遊び心で部屋に名前もつけてしまった
私たちの部屋はなぜか人が集まりお酒が振舞われる賑やかなBARのようで
(決して私は飲兵衛でもホステスでもないよ・・・
虹色のくるくるレインボー考案者の梅ちゃんや苫小牧のやよちゃんがいて
平均年齢がグンッと高くなったことから(笑)「くるくるレインBAR(婆)」と名付けた
「婆とは失礼ね~」と2人に言われながらも結構気に入った様子!
笑いの絶えないこの部屋は次第にくるくるレインボーで華やかになっていったのだった

そして隣りの部屋はMARIO達の部屋
もちろんそこからいつも生演奏が聴こえてくる
080527涙の友笑顔の友
私たちの影響を受けてなのか名付けられたそのネーミングは「PACE茶露夢(サロン)」
「PACE(パーチェ)」はイタリア語で「平和」
(↑MARIOが数年前にイタリア短編映画祭に招かれた時に譲り受けた合言葉)
平和を伝える音楽喫茶のような部屋ということで名付けられた
ロシアの“露”が入っているところが何とも素晴らしい
音楽に誘われてなのか通りすがりのロシア人の乗客が時々足を止めてくれた
いつものようにロシア民謡を初め日本の童謡や「涙そうそう」「千の風」などが響き渡る
イリーナの通訳でそれらの曲の意味を説明するのだが
そこには説明する前から曲を聴いて涙する姿があった
「メロディーだけでメッセージが心に伝わってきます」
その男性は声を震わせて胸を押さえていた
「スパシーバ(ありがとう)」と一人ひとり固い握手をし互いの幸せを祈ったのだ


ところで、この部屋は身長166センチの私が真っ直ぐ寝ても足を曲げてしまうほど狭く
終始二段ベッドの上だった私は何度落ちそうになったことかわからない・・・(笑)
数日間のその狭いベッド生活に慣れてしまった私は
帰国後の家の布団がやけに広く感じて落ち着かなかった

列車の中には食堂車もあったが私たちはなるべく節約コースを心掛け
日本から持っていった乾物やレトルト食品などでしのいだ
まさか、シベリア鉄道に乗って梅干をしゃぶると思ってもいなかったが
梅ちゃん&やよちゃんが持参した自家製の漬物は最高に美味しかった
特に私たちのお父さん的存在のトミーはずば抜けてすごかった
何がすごいって持って行った荷物ほとんどが食べ物なのだ
元寿司職人だけあって食のこだわりもかなりなものだ
「はい、配給で~す!」とまるで給食係のようにみんなの部屋にそれらを配ってくれた
本当に小さなことにも気を配ってくれる優しいトミー
独特の道産子弁で私たちを和ませてくれるひょうきんなトミー
トミーが作った手作りの小箱は繊細で本当にステキ
この旅でもロシアの人へのお土産にしてとメンバーみんなに配ってくれた
トミー本当にありがとね

「そろそろ駅に到着しますのでトイレ行きたい人は済ませてくださ~い

イリーナがそう言うのには理由があった
シベリア鉄道は停車駅の30分前後はトイレに鍵がかけられて入れなくなるのだ
もちろん停車中も・・・
長く停車する駅でも20分~30分は停まるから
行きそびれると長時間の我慢大会となってしまうのだ
イリーナがいてくれたからまだ良かったもののシベリア鉄道では
「次は秋葉原~、秋葉原です」みたいな車内アナウンスもなければ
出発の合図のベルもないからホームに出たときは慣れるまで冷や冷やもんだった
乗り遅れたら一巻の終わり・・・
何両も連なる車両のどこから乗っても良いのだが
しばらく部屋に戻って来ないとみんなで本気で心配した

080526シベリア鉄道ホームにて

停車する駅のホームでは時々行商から鮭の燻製や果物、惣菜を買った
ピロシキも肉だけでなくジャガイモや野菜が入っていて
色んな種類があったから作り方や味は違っても信州のおやきに通じるものを感じた
どんな油で揚げているのかだけ気になったけれど
特にお腹を壊すこともなかったから・・・「まっ、いっか!」とどんな物も食べてみた
とかく海外に行くと神経質になりがちな食生活も
あまり気にせずにいれたのはどれもハズレがなかったからだと思う
見た目も香りも日本人がすぐに馴染めるものばかりでとにかく全てが美味しかった

こうやって停車中に時間があるときは買い物をしたり
決まってMARIO達のホームライブとなった
そして、その演奏を更に盛り上げてくれたのが何を隠そうくるくるレインボーなのだ

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ロシア・シベリア旅行記 ~ 第二章 ザ ミル ボムショム ミレッ!~
2008/08/14(Thu)
ウラジオストック2日目は夕方の列車の出発まで自由時間となった
二組に分かれてそれぞれの時間を楽しんだ
私たちはMARIO達に同行して街の中でストリートライブ

080526ウラジオストック軍艦前

港には何隻も軍艦が浮かび遠く目の前には潜水艦が展示されていた
歩いては演奏、歩いては演奏でウラジオストックの街を歩き回った

「ザ ミル ボブショム ミレ!!」

ロシア語で「世界が平和でありますように・・・」を意味する
MARIOがイリーナから教わって決めたその言葉をこの旅の合言葉にしたのだ
演奏の最後に必ず皆で呼びかけた
足を止めて聴いてくれたロシア人の観客もその言葉に頷いてくれた

スタンドバイミーのように古い線路を歩いていくとあの巨大な潜水艦に近づいた
「入れるみたい・・・」
見に行ってくれたケンちゃんが中に入ってみようとみんなを誘った
この旅で潜水艦に入れるとは皆が思ってもいなかった

080526潜水艦

中に入ると数々の写真が展示されていた
丸窓をくぐると指令室らしき部屋で若い水兵さんに迎えられた
名前はビタリさん
するとMARIOはダメ元で「ギターを弾いてもいいですか?」とジェスチャー交じりで彼に聞いた
ビタリは笑顔でOKサイン
意外な反応にMARIOも驚いていた

優しくやわらかく「心の川」の曲が潜水艦の密室を包んだ
兵士達はこの中でどのような思いで過ごしていたのだろう・・・
日本人の私がどうしてここにいるんだろう・・・
様々な思いが心の川にのってグルグルと巡った
ビタリさんの拍手で我に返り
MARIO、はるちゃん、さっちゃんのやり遂げた満足の顔が全てを物語っていた
そこには確かに平和な時が流れていた
撮影をしていたアサイくん、ケンちゃん、私もその現実に感銘を受けた

080526潜水艦内

外に出ると眩しい光と爽やかな風が一層平和を感じさせてくれた
歩きながらさっちゃんが言った

「まだ旅はこれからなんだよね・・・」

そう、私たちはこれからが本番!これから夢のシベリア鉄道に乗るのだ


つづく・・・

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