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本物のコトダマ
2009/07/10(Fri)
いつものように飲み水用の湧き水を汲みに行った帰りに
小さな頃から家族ぐるみでお世話になっているお宅へお邪魔しました

 「いいかい?理恵ちゃん、勘違いしちゃいけないよ…」
 「??????」

そのおじちゃんは私にとって親みたいな先生みたいな存在
厳しくもいつも的を得た指摘やアドバイスをして下さいます

 「湧き水を汲めるということは決して贅沢なことじゃないんだよ…
    ちょっと前まではそこら中で普通に水が湧いていたり
   各家にも井戸があってそれが当たり前のことだったんだから…」

飯山出身のそのおじちゃんは転勤族だったので40年振りにふるさとへ帰ってきたUターン組
おじちゃんが私に言いたかったこととは…
「このわずか数十年の環境の変化に気付きなさい」ということでした
湧き水を飲めることは確かに贅沢なことかもしれないけれどそれを贅沢だと思うということは
裏を返せば、本来あるはずの自然の営みでさえ得難い特別なものになってしまったということ

 「例えば、大自然に恵まれた飯山に住んでいてもペットボトルの水をお金を出して買う人いるでしょ?
    あぁいうのは私には理解し難い光景なんだよ…40年前と比べると尚更ねっ…」   

おじちゃんに言われたことが初めはあまりに難しくて理解できなかったけれど
そう言われて「はっ」とさせられました

おじちゃんは長年、気象予報の仕事に携わっていたので自然や環境の変化には殊に敏感みたい
40年振りにふるさとへ戻り、どんどん都会化されていく飯山の姿に驚いたことはもちろん
昔ながらの古き良き伝統や文化、遊びなどが軽薄になってきていることや
田舎でさえも隣近所の付き合いが簡素化されてきていることに寂しさを覚えたと話してくれました

「『湧き水を汲みに行く』というひとつの行為にしても何故その必要があるのか深く考えてごらん」
「癒しや安らぎだけを自然に求めるんじゃなくて、自然の悲鳴にもきちんと耳を傾けてごらん」
「便利 = 人の幸せとは限らないからね…」 などなど

本質的なコトやモノにきちんと目を向けて歩んでいって欲しい…と言われました
やっぱり経験を積んだ人生の先輩の言葉には本物のコトダマが込められているなぁと思います

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コメント
-  -
とても考えさせられる、おじいちゃんの言葉でした…。
いつも飯山に帰ると、その空気の中にいるだけでも
贅沢と感じるけれど、確かに飯山の片隅にある実家の周りも、
昔に比べると便利になったことだらけ…。
便利な物も必要かもしれないけど、
それが当たり前にならないように気をつけないといけないね…。
2009/07/11 05:44  | URL | さっちゃん #-[ 編集] ▲ top
- ☆さっちゃんへ☆ -
そのおじちゃんは湧き水が当たり前のものだったから
特別なものには感じないという意味で贅沢じゃないって言っていたけど
何を「贅沢」として捉えるかですよね?
私は水も緑も大好きで囲まれているだけでハッピーだから
それだけで贅沢感というか幸福感を感じてしまう。
だから、お金をかけて豪勢な暮らしをすることを「贅沢」だとはちっとも思わない…。
慎ましくも質素な生活をする中で喜びを感じられる人でいたいなぁ~と思います。
2009/07/12 10:53  | URL | たかのりえこ #-[ 編集] ▲ top
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